迫る3D、誘う3D

細馬宏通

 家電メーカーが次々と3D関連商品を売り出している。ホイートストンが一八三八年に両眼視を発見し立体鏡を発明して以来、立体映像は何度も流行を繰り返してきた。けれど、一般家庭向けにこれほど立体動画再生装置が売り出されるのは、史上初のことだ。
 気になるのは、3D映像の魅力が、旧来の流行と変わらず「迫力」「飛び出す」といったあおり文句で語られがちなことだ。そして実際の映像も「飛び出す迫力」を目指していることが多い。ほとばしる水、迫る凶器、画面を飛び抜けてくる車。飛び出す映像は確かに立体的だし、見る者をのけぞらせる。しかし、似た表現ばかり続くと「また迫ってくるのか」と、いささか食傷気味になる。ひととき映像の夢にひたろうと思って見始めたのに、何度も拳銃をつきつけられている気分になる。

 「飛び出す」「迫力」といったことばと別に、日本語には立体感を表す興味深い表現がある。「奥行き」と「臨場感」である。
 「飛び出す迫力」は一瞬のできごとで、すぐに感じられる。そしてわたしたちのとる反応もすばやい。「飛び出す」ものに対して体をのけぞらせる。「迫力」を感じて鼓動はみるみる速くなる。それに対して「奥行き感」や「臨場感」を感じるには時間がかかる。なんだろうと覗き込んでみる。はじめは向こう側で何かがひとかたまりになっているように見える。が、よく見るとそこに、複雑な凹凸が見えてくる。同じ距離にあると思ったものが、実は遠近に分かれていることに気づく。観察を経て改めて目の前の世界を見ると、足元から奥の方まで、さまざまな距離をとっている事物があちこちに配置されている。このとき初めて、わたしたちは「奥行き」を感じ、自分もまたこれらさまざまな距離をとる事物と同じ世界にいること、すなわち「臨場感」を感じる。これらの感覚は、観察が進むに従ってゆっくりと立ち上がり、立ち上がったその後も、目を移すごとに少しずつ変化していく。

 最近公開された『トイストーリー3』は、全編3Dだったけれど、いかにも「飛び出す」映像は意外に少なかった。にもかかわらず、そこには確かな「奥行き感」が感じられた。人形の表面の、使い込まれて微かに凹凸を帯びた肌理、着せ替え人形の服が持つ、人間の服にはない小ささと固さ、あるいは毛のあるぬいぐるみの持つ、ふわふわと柔らかなテクスチャ。それらが鮮やかに立体で表現されている。子供部屋で、幼稚園で放り上げられ、抱きしめられながら、おもちゃたちは空間の中でそれぞれの距離を変化させていく。長いストーリーを見るうちに、おもちゃと並び、おもちゃに手をのばして抱きしめてしまいたくなるような臨場感が、ゆっくりと立ち上がってくる。冒険活劇だけれど、ここには人に迫るだけではなく、人を誘(#いざな)う大人のセンスがある。3D表現の成熟を感じさせるすばらしい作品だった。

(ほそまひろみち・滋賀県立大教授・人間関係学)
「現代のことば」(京都新聞夕刊2面、2010.8.19) より

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