生活を測ることはできるか

細馬宏通

 福島市の中心部、福島高校のすぐ背後に、信夫山(しのぶやま)という小高い山がある。京都で言えば、京都大学から見た吉田山ほどの近さで、その倍の高さがある。今年の5月6日、初めて福島市を訪れたとき、まずこの山が目に入り、登ってみた。
 南を望んで、この地域が「中通り」と呼ばれるわけがすぐに見てとれた。左にはなだらかな阿武隈山地、右には吾妻連峰が縦に連なって、二つの山脈に挟まれるように眼前に盆地が広がっている。東北新幹線は南からやってくると、足下の信夫山に貫かれたトンネルへと吸い込まれていく。新幹線のごとく、盆地を南北に走る地域が「中通り」。原発のある「浜通り」は、東の山の向こう側になる。
 ちょうど、新幹線「はやぶさ」が運行を再開したばかりで、一組のご夫婦が写真を撮っておられた。お話するうちに別れがたくなって、初対面にもかかわらず車に乗せていただいた。せっかく福島に来られたのですから、と、案内されたのは花見山だった。信夫山を京都の吉田山とすると、花見山はちょうど将軍塚の位置にある。花木農家の園主さんによって端正こめて作り込まれた山で、一面が桜や桃など色とりどりの花に覆われ、毎年県外からもたくさんの見物客が来る。遅い桃の花が点々としているのを見るだけでも、四月の盛りがどんなにすばらしい景色か想像がついた。入場料はない。今年はよその人が減って、かえって地元の人間で賑わった、とご夫婦は笑って話された。
 お二人と別れてから、その日の報道を見て愕然とした。日米合同の航空機調査による放射線マップが発表されていた。福島市の中にも放射線量の濃淡があり、ちょうどその日訪れた信夫山と花見山のあたりに、等高線が食い込んでやや高い濃度が示されていた。こうした濃淡の存在は以前から指摘されていたから、ご夫婦もうすうすとは気づいておられたのだろう。けれど、震災後、ようやく再開したばかりのはやぶさを一目見るには、放射線量と引き替えても信夫山しかなかったし、よそ者で見ず知らずのわたしを歓待するのに、花見山ははずせなかった。これらの場所は、ただ放射性物質が降り積もった場所ではない。繰り返し登られ、耕され、水がまかれ、木が植えられた場所だ。そのような場所にわたしは招かれた。
 各地のシーベルト値が報じられるたびに、その数字の向こう側にある生活のことを、自分は何も知らないのだと思い知らされる。線量の高いというその表土を、繰り返し耕し、作物を作り、木々を育ててきた人のこと。公園を踏みならして遊んできた子供のこと。放射線量ゆえに福島市を去る人もあえて残る人も、ほんとうはシーベルト値と測り合うことのできない生活の歴史を、測らされている。原発の「コスト」や「リスク」といったことばからは、そのような事態がすっぽり抜け落ちている。

(ほそまひろみち・滋賀県立大教授・人間関係学)
「現代のことば」(京都新聞夕刊2面、2011.6.23) より

「現代のことば」(細馬宏通分)一覧