かえるさんレイクサイド (21)



日が暮れて、アスファルトに溜まった熱気が収まった。かえるさんは湖岸の自販機コーナーにコインを入れた。広場の入口で誘蛾灯が、じ、じ、と高い音を鳴らしている。かえるさんは天然水に口をつけようとして、その音に気づいた。音は不吉な予感のように頭に広がった。かえるさんは違うことを何か考えようとした。この前拾った新しい石のことを思い出そうとしていた。


突然腰が浮いた。地震のような揺れだった。目の前が真っ暗になった気がしてあわてて下を見た。暗くはなかった。白いかたまりがあった。それがむくむくと動いてこちらを見た。ねずみだった。両手に大きなスイレンの花を持っていた。「もいっぺんやります。しっかり立っとっておくれやす」ねずみは後ずさりすると、もう一度かえるさんの股下に突っ込んできて、両手を広げてスイレンを振った。


「ええ股やのんに。腰が弱いんかな」ねずみはぐいぐいとかえるさんの股を押し上げる。「ぐらぐらされたら決まれへんし」そこまで言ってから、はっと何かに気づいたように走り出した。番長がいた。その股下にねずみは突っ込んだ。「おじゃましますう」番長はさすがにびっくりして、腰に手を当てたまま下を向いた。「なにしてる」「いや、ええ股してはるなおもて。もし良かったら貸してほしなあ思て。びっくりしはった?」「あたりまえじゃ」番長もよく事情がわからない風で、それから先ことばが続かなかった。


「京ねずみや」ぴしりと駒の音が鳴った。おっさんが桂馬を打ったのだった。「なんです?」ねずみが藪に走り去ってから、番長はたずねた。「京ねずみや。ネズミやらツルやらシシやらがスイレン連れて歌舞いとる京風かえる股があるやろ。あれのミーハーや。ミーハーなだけやったらええけど、自分も真似事しよってからに、コスプレっちゅうんかほんまえげつない」おっさんは歩をずい、と進めた。「ことしよる、最近の若いのんは」


「そうか」番長はちょっと納得したようだった。「その股、ねずみが見てもええ感じなんかな」かえるさんにそう言って、股下に手を入れたり出したりした。「うん、なんとなくええ感じや」番長は笑ってかえるさんの肩をぽんと叩いた。自分も番長の股下に手を入れたり出したりした方がいいのだろうか。かえるさんは番長の目を見た。「どうした?」と番長はまた肩を叩いてから、どんと四股を踏んだ。「くるならこんかーい」かえるさんはどぎまぎした。番長のまなざしは、藪の方を向いていた。ねずみに言っているらしかった。かえるさんも股をふんばったまま、しばらく待ってみた。が、ねずみはもう現れなかった。





第二十二話 | 目次