かえるさんレイクサイド (9)



喫茶かえるのレジのわきに見慣れないチラシがあった。 「特別優待券びわこおどりお茶菓子付き!喫茶かえるのお客さまだけにお知らせします」 かえるさんはマスターの顔をちらと見た。マスターは黙っておつりをくれた。かえるさんはチラシを一枚取って、またマスターの顔をちらと見た。マスターは少しだけ頭を下げた。それで、このフレンドリーな文章はマスターが書いたらしいことがわかった。


野田沼歌舞練場に入ると、まずお茶室に通された。みんな黙ってお茶とお菓子を食べている。かえるさんも黙ってお菓子をかじっていると、ぽんと肩を叩く者がある。振り返るとDJけろっぐがいた。「やあ、また会ったね。今日の新作の音楽はぼくなんだ。もちろん、きゅう、も入ってるよ。」その声に、まわりの客が振り返った。「よかったらこれ使ってよ。最前列の券なんだ。じゃ、ゲット・フロッグ!」DJけろっぐがいなくなると、まわりの客はしばらくかえるさんを見て、それから黙ってお菓子をかじり始めた。


新作というのは「びわこのタニシ」だった。タニシがカイツブリのにおちゃんに捕まるが、タニシはにおちゃんのルックスを誉め上げて、まんまと逃げおおせるという話だった。舞台の両側に並んだ囃子方を見ると、真ん中にDJけろっぐの姿があった。かえるさんと目が合うと、DJけろっぐは演奏しながら親指を突きだした。「きゅう」と音がした。まわりの客がかえるさんを見た。


クライマックスは「びわこ音頭」で、この曲では、きれいどころが一斉に帯を回して華やかな春の花をまねる。きれいどころの一人の帯が伸びて舞台から落ちそうになった。かえるさんはそれを受け止めてあげようとしたが、帯に巻き込まれてぐるぐる回り始めた。客席からどっと笑い声が上がった。「きゅう」という音がした。


気がつくとかえるさんは、歌舞練場の蒲団に寝かされていた。横を向くと、誰かがこちらに少しだけ頭を下げているのが見えた。マスターだった。マスターはしばらくタオルをしぼったり、お茶をわかしたりしていたが、急に何かを思いだしたようにまた頭を下げると、部屋を出た。ほどなく、がたんと音がして、わあという歓声が聞こえた。大きな仕掛けが開いたらしい。音楽がいちだんと大きくなった。





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