絵葉書の小売(明治三九年)


流行の新商売
戦争中、其の後引つづき俄に栄へた絵葉書も、此頃では稍や熱が冷えたと言ふものの、それでも未だ未だ流行は止まず、今年も絵葉書の店が殖へたやうに思はれるが、此絵葉書屋の店を聞くには婦人でも出来得るから、会社員や官吏の細君か留守居傍らの商法には妙だ、併し見渡した所では過半婦人が店番をして居るらしい。今日の状態(ありさま)は小紋縮緬の羽織に前髪を膨(ふっく)らと取り。小指に撥だこのいつた外妾(おもひもの)の営業のやうなつて居るが。元来絵葉書屋は資本を許多(たくさん)に要さず、加之(おまけ)に仕入が容易で、誰にでも始められる営業である。

開店の予算
絵葉書屋を開店するにした所で、其の場所が繁華と辺鄙とに依つて、造作代や敷金に非常な相違もあらうから、これはまづ別として置いて、差あたり必要なのは、商品を陳列する飾り台飾り函と云ふ装飾器具、其他店飾りに舶来の自動写真挟なども設備せずばならず。之も店頭の広いと狭いに由つて異なるが、仮に九尺間口位の小ヂンマリした店を開くと見て、硝子張りの飾り台が一個、跡は絵葉書を収容する飾り函である。此営業器具を新調すると見て飾り台に十四五円、飾り函は、絵葉書二十葉挿で、桐縁装が一個一円二十銭位之を古手で購買したら其の半額で買入られる。

営業品と其の資本
営業品たる絵葉書の種類は様々あれど、同業者では四種類に分けてある。ブルマイド、石入。コロタイプ、意匠画と云ふのである。コロタイプやブルマイトは殊更に説明を要さずもがなだが、石入、意匠画に就いては少しく謂ざるを得ん。石入とはコロタイプの要所へ実石擬(まがひ)が装飾してある、目下の所では舶来品擬(まがひ)が多い。意匠画とはすなわち絵葉書で其の範囲が非常に広い、洋画もあれば水彩画もあり、蒔絵もあれば文人画もあると云ふ傾向、之に伴つて製造も木版刷、石版、肉筆等があつて、既製絵葉書を算(かぞ)へたら少からずの印刷商だ、和装舶来を取り混せ一種十組位揃へ。九尺間口の店飾りをするには商品を百円程仕込んだら普通の絵葉書屋の店が開かれる。

手数のかからぬ商売
何の営業でも商品の仕入には多少脳髄を痛めるのだが、此仕入に就て手数のかからぬのは絵葉書屋ばかりである。絵葉書のセリと称する仲次等が許多(たくさん)あるから、絵葉書屋を開店したら、毎日のやうにセリが蒼蠅(うるさい)程来るので、商品は居ながらにして仕入られる。

収入とろうす払
昨年最高額の絵葉書は舶来のブマイト、それとても流行始めよりは廉価であるから、最初のやうに阿漕な儲はないと云ふが、今日でも勿々割の悪い商売ではなく、卸し相場は普通売価の六掛け、十銭売が六銭で仕入られると云ふ勘定。際物の絵葉書など時が過ぎたら、背負込まねばならぬから、これ等を見ても一円で三十銭の純益は欠さず、少しくハイカラな店飾りをして、舶来品でも許多でも置いたら、日に五六円の商ひ高は容易だと云ふ話し。背負込んだ絵葉書の処分法、則ちろうす払いは例の絵葉書の福袋だ、大景物の看板でも奮発したらろうすは忽ちに売切れ、原価へ切り込むやうな憂いがなく。此手腕は絵葉書屋がろうす払ひの六韜三略虎の巻なり。

(『太平洋』明治三九年六月一日)

20020712  

絵葉書趣味目次