トランスクライバーはなぜ必要か?

 わたしたちのまわりに大量に存在するインタヴューや対談記事。楽しげに交わされる会話、さしこまれるいくつもの「(笑)」の文字。夜ごとコンビニでこれらの記事を立ち読みしながら、それが生まれる過程を知らないあなたは幸せ者です。

 わたしは編集業や「テープおこし」専門職の経験こそありませんが、会話分析を長年やってきた者として、人の話を書き起こす作業の、気の遠くなるような時間のことなら多少は知っています。

 自分でやってみればわかることですが、誰かの話を人様に読んでいただける形にしようと思ったなら、気軽なインタヴューの粗おこしでも録音時間の3倍、会話分析の詳細な分析では10倍、いや、場合によって100倍以上の時間がかかると見ていいでしょう。
 録音現場での興奮は遠く過ぎ去り、目の前に積み上げられたのは、何の気なしに自分や同僚が回し続けたテープの山。あなたがちょっとしたフィールドワーカーなら、そんなテープにおさめられた、何人もが同時にボルテージを上げてしゃべり続ける「朝まで生テレビ」状態の会話に絶望し、巻き戻してはその声の重なりに耳を凝らしながら、こいつらみんなブチ殺したると世界を呪ったことが、一度や二度はあるはずです。

 しかしこの世には、村の古老のつぶやきから完璧な昔話を引き出し、酒場の戯言のごとき鼎談を聴くやその可能性の中心をさぐりあて、医師が次々と読み上げていく所見をデータベース化し、社長がICレコーダーにぶちこんだ世迷い言からまたたく間に社史を生み出していく、そんなプロフェッショナルたちがいます(一部誇張)。

 人のことばを神業のような速さと的確さで書き起こしていくプロフェッショナルたち、彼らは「トランスクライバー」と呼ばれています。

 その作業には、常人離れしたタイピング速度もさることながら、タイピングに追いついてくれる再生装置がものを言います。専門職の呼称にツールの名前があやかるのは世の常。「イラストレーター」という名のソフトウェアがあるように、「トランスクライバー」という名の「必殺」ツールがこの世には存在します。
 いかに必殺か。「トランスクライバー」とは、テープレコーダーにフットスイッチがついたものです。そして驚くなかれ、このフットスイッチを踏むと、なんとテープが止まります。そしてこのフットスイッチが心憎いのは、停止した際に少しだけ巻き戻してくれるのです!

 いま、驚かなかったあなた、あなたはまだ神の領域を知らないのです。テープを聴き直そうと巻き戻しボタンに手を伸ばす、そのときに紙から鉛筆が離れるコンマ秒単位の遅れが積もり積もって、一時間、一日、一ヶ月の差となっていく、プロはそういうシビアな世界に生きているのです。
 そして、「トランスクライバー」がもたらしてくれるのは単なる巻き戻し行為ではありません。熟練したユーザーは、かかとやつま先のわずかな力加減によって、アイラブユーをユからブへ、ラからイアへと狙った時間に確実に遡ることができるようになります。「トランスクライバー」を得てことばのタイムトラベラーとなった彼らは、その名ピアニストのペダリングも顔負けの足さばきをこなしながら、手は休むことなくキーボードを叩き続け、驚異的なスピードを生み出していくのです。

 こうしたフットペダル付きのテープレコーダーは、MDやパソコンによる音声再生が一般化した現在もなお、多くのプロに愛用されています。

 では、パソコンのアプリケーション上でこうした「トランスクライバー」に匹敵する作業環境を得るには、どのような機能が必要でしょうか?

 その答えのひとつとして、Jedit / QuickTime Playerを組み合わせた環境を作ってみました。
 詳しくはhttp://www.12kai.com/scr/script_exp.htmlをどうぞ。

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