手作りのヨロコビに感染する。

yojohan『Petit Book Recipe ~リトルプレスの作り方~』(毎日コミュニケーションズ)

 銀座線田原町駅を降りてぶらぶらと、かっぱ橋に買い物へ・・・と来れば、ああ、気の利いたお土産がわりに業務用の食器や道具を求める話か、と先読みする人がいるかもしれない。
 しかし、この本の著者たちの行動はちょっと違う。この道具街で、彼女たちは本づくりの材料を買ってしまうのである。
 レースペーパーは詩集の装丁に、しゃれたデザインの紙コップは豆本のパッケージに(その名も「珈琲豆本」)、そしてマドレーヌの袋には手作りのレシピ本を入れてしまう・・・
 見るものすべてが本作りに結びついてしまう、このなんとも楽しい本を書いたのは、yojohan(ヨジョーハン:生野朋子・酒井理恵子)の二人組。二人はyojohon(ヨジョーホン)というオンライン古書店を営み、そこで自ら作った本も通販している。
 「リトルプレス」という語は、出版社を通さない自主制作本のことを指す。「ZINE」あるいは古式ゆかしく「ミニコミ」と呼んでもいいだろう。最近ではこうしたリトルプレスを店舗で見かける機会も増えてきたし、愛好家向けの書物も見かける。
 しかし、そもそも手作りモノの愉しみとは、ただ消費することにあるのではなく、自分で作りたくなってしまうこと、配ってしまいたくなることにあるのではないか。
 優れた手作りモノに接すると、人はただそれを愛でるだけでなく、そのモノが放つ、手作りのヨロコビに感染してしまう。たとえば、誰かの作ったケーキを食べて、それがほんとうにおいしいとき、ただ褒めそやすだけでなく「どうやって作ったの?」と聞きたくなってしまう。そして、家に帰って、及ばずながらそのやり方を真似てみる。さりげない外見に隠されたさまざまな工夫や苦労に思いが至って、さらに味は深まる。うまいやり方を思いつくと、誰かに教えたくなってしまう。
 本書は、ブックデザインからレイアウトに至るまで、そんな手作りのヨロコビにあふれており、しかもそれは著者たちの豊富な経験に裏打ちされている。まず、ほとんどのページが、実際に作られたリトルプレスのサンプル写真で構成されていることに驚く。目次に始まって、本の折り方の紹介、じっさいの制作過程に至るまで、いずれも実物の「本」を作ることで説明されている。本書のためにいったい何冊の小さな本が作られたのだろう。それでいて、どの本も肩肘の張ったものではなく、アイディアから形までが最短距離で駆け抜けられている。
 それでいて、きわめて実用的だ。ガーリーな写真を見て、ただのファッションと侮ってはならない。手を動かす人のための本なのだ。カッターと定規を手に取れ。A3は420×297だ。面付け、断裁、綴じ方はどうする?売り場所は?発送は?制作から流通まで、本作りの勘所が、私のような初心者にもみるみる飲み込め、なんだか自分にもできそうな気がしてくる。
 これまでは書類印刷のためだけに酷使されてきたプリンタが、本を作らないかと横で私を誘っている。さて、A4は何×何だっけ。

(評:細馬宏通「東京人」2008年9月号 p150)

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