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19990802




▼あいかわらずトラムの切符の仕組みがわからない。たぶん、切符を買って検察器にがちゃんと入れるのだが、ほとんどの人は何もしていないのだ。とりあえずよそ者らしく一日乗車券を買ってトラブルを回避することにする。▼で、トラムに乗るとさっそく電車の番号を間違えていた。いいや、このまま郊外までいっちゃえ。教会のあるあたりで下りて再び市街地へ。▼パノラマ・メスタグ。暗い階段を上って眼の前に表れる景色、しかしにわかには何が描かれているのか判別できない。いきなり眺望が広がったというよりは、何か妙なものがそこにあるという印象だ。やがて、それはただの絵だとわかる。なあんだ、と思う。が、そうやって、絵だとわかってからがじつは楽しい。手前のリアルな砂地のへこんでいるあたりから、向こうの絵をのぞきこむ。そこに描かれている海岸の柵が、陰影のせいで少し絵よりこちらに浮いて見える。その浮いて見える感じをキープしながら、眼を海の側へ転じていく。すると、丘陵の凹凸、あちこちにいる人々が、柵とつじつまをあわせるかのように遠近を帯びてくる。この柵の部分と、もうひとつ、斜めに伸びていく道の入口を、絵の中への隘路として使ってみる。そこを頼りに、絵の奥行きをたどり、遮蔽の関係を見出し、絵全体に立体的感覚を波及させていく。すると、ほらほら、海岸線が遠のいてきた。砂浜に舟が並んでいるあたりもいいな。思い思いの方向に向けられた舳先に導かれて奥行きを感じてみよう。マストという垂直線が、奥行きの目印になる。すると、砂浜を中心に手前と向こうが立体化していく。白いパラソルの下にいるのはメスタグの奥さんらしい。彼女もまたこのパノラマのスケッチを行なったのだった。画家がパノラマの中にいるという構図は、小山正太郎の描いた日露戦争パノラマでも見られる。まなざすものが絵の中にいるという不思議。複数のまなざしをつなぎ合わせていくときに起こる詐術。▼青が使われているのだが、全体としては雲量が多い。それがかえって、遠近の遊びに豊かさを付け加えている。あの雲、この雲に遮蔽を見出したり遠のかせてみる。あるいはぺたりとした絵として眺めてみる。天井から入る太陽光線の強さは刻々と変化している。ときどき直接光が筋のように射すこともある。雲はわずかに赤みを帯びたり、青みがかったりする。
▼下のカフェには大きなガラスがはめてあって、そこからパノラマの土台と、上からは見えなかったパノラマ画の下半分が見える。カフェ内では10年かけて行われた修復作業のドキュメントビデオとスライドショー。昨年来たドゥ・ヴァールやファン・ホッフもそうだったけど、ビデオの画像よりスライドの方が圧倒的に画像がいいのだから、たとえ映像が動かなくてもそっちを使うべきだ、という断固たる考え方がこっちの人にはあるらしい。そして、確かに、スライドショーで映される映像のディティールには、ビデオはかないっこないのだ。▼カフェとパノラマの間を往復してかれこれ2時間くらい見てから、カタログや小物をあれこれ。特に気に入ったのは、テレビ型をしたスライドヴュワー。カタログをぱらぱら見ると、ジェームズ・タレルの文章がある。タレルもパノラマな人だったのか。空間色と表面色を見まがう技術に関わる点では、確かにパノラマとタレルは密接に関係している。

▼パノラマを見たら、猛烈に実際のシュヘーフェニンゲンに行きたくなってきた。というわけで、トラムで終点まで行くとそこがシュヘーフェニンゲンだ。えらい賑わいだ。デン・ハーグHSの閑散ぶりがウソのよう。みんなここに来てたのか。
これはどうやらオランダにおける江ノ島とか須磨海岸のようなもんらしい。最近出来たらしいショッピングセンターは衣食住なんでもござれ、海岸線に沿ってホテルが並びレストランやカフェが軒を連ねている。そして海岸に出ると、砂浜一面、アザラシのごとく横たわる人人人。マクドナルドにコカ・コーラ、アメリカンなどでかい看板。メスタグは遠くなりにけり。なんて嘆く昔もないわれわれは、ショッピングセンターでサンダルを買って、さっそく砂浜に繰り出すのだった。北海の水はしびれるほどに冷たい。果敢に泳いでいる人もいるが、大半は砂浜で日光浴だ。しかし焼き肌を誰に見せるつもりもないわれわれは、さっさとパラソルの下に退散し、いわしのサンドイッチにビールを2杯。

▼そろそろネットにつないでメールをチェックしなければ、というわけで、vvv(ツーリストセンター)に行くが、公衆電話からジャックインする方法はわからなかった。やはりカプラを持ってくるべきだったか?しかたないのでインターネットカフェのある場所を教えてもらう。Het Kanalという運河と平行に走っているDoppenberg通り沿い。途中で甘い匂いがする。あれ、コーヒーショップだ。なんだアムスに行かなくてもあるじゃん。というわけで、モロッコ的に甘い気分になってから、インターネットカフェへ。メールをブラウザ経由でチェックするが、なにしろ日本語は全部文字化けしているので、発信元くらいしかわからない。それでもいくつかのメールにローマ字+英語で返事を書く。このあたりは骨董屋が多い。一軒、18〜19世紀のリトグラフを扱っている店があって、デン・ハーグのパノラマが涙が出そうなくらいいい。たぶん、メスタグとシュヘーフェニンゲンと甘い匂いで頭がやられているせいなのだが、これは欲しい。しかしまだ20日以上移動することを考えて、最終日まで楽しみをとっておくことにする。

▼1882・1885、と年代が打ってあるパサージュを抜けてそばのオープンカフェでサラダ。▼帰り道、Grotemarktstraatそばに行くと観覧車がある。二人で6ギルダー払って乗せてもらう。台に乗るとおもしろいほど(こわいほど)揺れる。そして容赦なく回り出す。すごいすごい。午後10時の町が手前のファサードから現れ、沈むように隠れていく。一周じゃない。また表れて沈む。止まる気配はない。今度は余裕を持って、台を揺らしたりして、それから沈む町をしっかりと見る。写真もぱちぱち撮る。「もっと乗りたいか?」「もちろん!」というわけで、まだまだ乗せてくれる。結局5周くらいして、暮れゆく町を堪能した。いやあ、観覧車最高。

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Beach diary