音盤

惑星
2009年3月
2ndアルバム「惑星」発売!

主観
2007年10月
かえる目1stアルバム
「主観」
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Lilmag

書いた

オンライン連載
クラシックかわらばん
交換されるオペラ オペラ絵はがきの時代

ユリイカ臨時増刊『昆虫主義』青土社「行動の来歴、個体の来歴」(2009.8)

『滋賀のABC』エルマガジン社「絵はがき」の項。(2009.7)

アウトサイダーライブ(第8回全国障害者芸術・文化祭滋賀大会記念図録集)「ことばにし難い身体に出会うには」(2009年3月)

扉野良人編集・羽良多平吉書容設計『Donogo-o-Tonka』に「管の中へ」(2008年12月)

『東京人』書評
(2007-)

2009.8 「この世界の片隅に」こうの史代

Books

多人数
「多人数インタラクションの分析」(坊農真弓、高梨克也編/オーム社)
ことば・空間・身体
ことば・空間・身体
(ひつじ書房)

絵はがきのなかの彦根
絵はがきのなかの彦根
(サンライズ出版)

絵はがきの時代
絵はがきの時代
(青土社)

浅草十二階
浅草十二階
(青土社)

活動としての文
活動としての文と発話
(ひつじ書房)

その他

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The Beach : February 2010

細馬 宏通
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20100204

 上田洋平君と7日の打ち合わせ。ようやく日高先生の写真の整理にめどがつく。



20100203

 ゼミに行ったらケーキと超長い恵方巻きが待っていた。そういえば今日は誕生日だった。
 家に戻ると今日は上げ膳据え膳でディナー。ゆうこさんからも恵方巻き。
 いろいろ食い過ぎて腹がゆるくなり早めに寝る。夜半過ぎ、ラジオ深夜便で目覚める。ちょうど霧島昇が「胸の振り子」を歌っていた。好きな曲。



20100202

 以前放映されていた「荒井由実 ひこうき雲の秘密」を見る。いろいろ感じること多し。
 夜半過ぎ、「無縁社会」を見る。いろいろ違和感多し。
 どちらも声のこと。以下のTwitterに。

Twitterから

■ 「無縁社会」再放送を見る。官報を手がかりとすることもそこで扱われている人の生を追うこともおもしろいアプローチだと思った。でも、官報で行旅死亡人として扱われていることを根拠に「無縁」として扱っていることには強い違和感を感じた。これでは番組が「縁不感症」ではないのか。 2:07 AM

■ 何より、「無縁社会」が「エンタの神様」病にかかっているのが気になった。「エンタの神様」病、すなわち、声より先にテロップを出す演出のこと。そこでは、声の抑揚、聞き取りにくさがないがしろにされて、速く要約することが是とされる。この文章の抑揚のなさ、Twitterの病に似ている。 2:09 AM

■ 今夜は嫌みたっぷりに圧縮文書を流す、ここに。抑揚を剥奪された声は屈曲する文法の屈曲点に自らの抑揚を込め、読み手を諦めさせる密度で書くことでかろうじて奪われた抑揚を喚起する。文字列で早わかりする頭を揺らし理解を剥奪し、剥奪により、縁を無縁呼ばわりする知を思い起こさせるやり口で。 2:16 AM

■ ことばの多さに対峙しながらあえて読むことを諦める快楽に身を委ね、自分が諦められる立場にいても文句を言わない。RTやQTやふぁぼったで繰り返されないことば、タイムラインの彼方に流されていくかに見えることば、それが数十年たって誰かに想起される可能性を見ないなら、すべては無縁に見える。 2:28 AM

■ ところで、BS2の「荒井由実「ひこうき雲」の秘密を探る」を今頃見たけど、すごかったな。特に、いちばん高い声を聞きながら地声かファルセットかを論じ合っているところ。もうユーミンにとって「きっと言える」の一番高い声は、自分じゃないし、「ひこうき雲」の、か「けー」てゆく、は自分じゃない 2:36 AM

■ そういう聞き直しを経たあとに、荒井由実を評して「パラレルに横にいる少女」とユーミンが言うのね。単に若いときは高い音が出た、という問題ではない。何度もテイクをとりつづけて、とんでもない声が刻印された。再生のたびに(まさに「再生」)その声は生き直され、別の生を歩み始めた。 2:40 AM

■ ユーミンがちょっとやってみようって「ひこうき雲」を歌う場面見たら、けっこうふっきれてるのね。もう荒井由実じゃないし、って感じで。むしろ、ぼくのようなファンが荒井由実の声に近づきたがっている。2:51 AM



20100201

 昨日から『クォンタム・ファミリーズ』を読み始めている。できるだけ、遠いところから思いつくところをTwitterに書く。

Twitterから

■ 朝まだき、歯を磨いていて急に「ヒポクラテスたち」を思い出す。何十年ぶりかで思い出す映画は懐かしいというより新しい。思い出され方が新しい。思い出したのは改築前の荒神橋の明け方の空の場面。今朝は霧で、映画の空とは似ても似つかない。歯磨きの味と寒さと寝不足と京都と、あと何が想起の条件? 8:06 AM

■ 南彦根に着き、川辺で学生に自転車で追い越されたとき、「転校生」で自転車をこいでいる小林聡美を思い出す。またしても何十年ぶりに。どちらの映画も京一会館で見た。スプリングのきかないシート、松葉杖の館主。何十年ぶりに思い出す映画と場所がある、ということは、自転車をこぐ生を肯定している。 8:43 AM

■ 作業記憶の限界は7、と言われる。しかし、チャンクの数とは別の限界があるのではないか。たとえば、同じ音をずっと作業記憶で扱い続けること。サイン波が頭の中で意識からいつのまにか消える。作業記憶のエアポケットに落ちたのか。聴細胞より先で消える音。昨日のfilamentで考えたこと。 11:50 AM

■ 何かを久しぶりに思い出すとき、Why that now? と問いたくなる。なぜ何年も思い出さなかったのか。思い出すために情報にタグをつける。しかし、タグが想起のきっかけになるとは限らない。突然の想起は、あらかじめ名付けられたタグではないところから始まる。たとえばペグで。 #QF 4:54 PM

■ 何百枚もの先生の写真を整理しているので、どの時代にいるのかわからなくなる。日付と人と場所を特定することを繰り返すうちに、個人写真に巻き込まれる。写真体験としては興味深い。 9:36 AM Feb 2nd




 

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